2022年04月10日

蛍池駅

どうも4年目の岸川丈流でございます.思い出の駅・路線とのことですが,これまで2?年間生きてきて日常的に鉄道というものを利用したことがありません.だから高校の頃は電車通学の奴らには少し憧れがありました.だって,なんか,青春って感じがしません??部活終わった後,集団で団子になりながら自転車漕いで駅まで行って,電車来るまで時間あるからってどっかでダベったりとか,電車の中で「じゃあ,また明日な」とか言って駅のホームに消えていく背中を眺めながら電車も走り出すとか,もう青春じゃないですか!僕は高校から駅とは逆方向に自転車で10分のとこに住んでいたので,同じ方向に帰るのは同じ中学の奴らだけ.そんなエモい青春はなかった….
 そんな僕に初めてできたちゃんと使う「最寄り駅」が「阪急電鉄 宝塚線 蛍池駅」.なんというか,少し感動しましたね.「ああ,都会に住んでるっ…!」って感じがしました.もう2?歳なのでエモい青春はもう訪れませんが,「最寄り駅どこ?」って質問に堂々と答えられたり,「おっと,電車の時間が」とかって言えちゃうんですよ?カッコよくないですか?そんな蛍池駅くんとこれから思い出を作っていこうと思ってた矢先実家に戻ることになりまして,まだまだ彼との思い出は作れてないけど,大阪に帰ったらいっぱい思い出をつくれたらなって思ってます.まあ,最寄り駅を彼から乗り換えなければですが….石橋阪大前駅くんも魅力的なのよねえ.あのごっちゃとした感じが落ち着く.オトコゴコロは揺れ動きます.
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2022年04月09日

天神川駅

みなさん初めまして!
外国語学部2年の梅下です。2ゲキでは多種多様な部署を担当してきました〜。今公演では音響チーフと制作をやっております!触れたことのない業務が多いため、右も左もよくわからないまま突き進んでおります。

さて、自己紹介はこれくらいにしておいて、今回のテーマについて触れて行きましょうか。私の思い出の駅は広島にある天神川駅です!というか山陽本線と呉線です。

私は広島県出身で、広島のど真ん中に住んでいました。中高は、広島県全域から生徒たちが集まる学校に電車で通っていたので、6年間山陽本線とともに過ごしてきた、いや育てられたようなものです。1人で乗ることにそわそわしていた私はどこへやら、今では躊躇なく電車でひとり旅をするようになりました。

さて、そろそろ天神川駅について語りますね。なんと広島は市内(広島市のことです)以外は、本当に田舎なので、どこか遊びに行こうと思ったら必ず市内に赴く必要があるんですよね。広島駅を降りて、路面電車に乗って本通りにいくか、広島駅の一個前にある天神川駅を降りて、ソレイユ(イオンモール)にいくか。この2つが、さまざまな地域から生徒が大勢集まる母校生の遊ぶ方法でした。

ある秋の日です。確か中1の時ですが、人生2回目のソレイユを満喫していた帰りに事件は起きたのです。それは、電車の乗り間違いでした。よくあることですよね。ただ、これは逆の方向に乗ったとか、ホームを間違えたとかそんなんじゃないんです。なんと天神川駅では同じホームで山陽本線と呉線が発着していたのです!!!!これには1ミリも気づきませんでした。ただ車窓から見える、夕陽に照らされた海に感動していました。いやここで気づけよ!!山陽本線は山の中しか通らないだろ!!そのまま私はのほほんと、向かいに座っていた外国人女性の方と微笑みながら、目的地には絶対に辿り着かない電車に揺られていました。

しばらくの間うとうとして、ちゃんと寝る前にあと何駅か確認しようと思い路面図を見たその瞬間!ようやく何が起こっているか理解したのです。急いで降り、親に連絡し、車で帰りました。

このような経験が、天神川駅に乗るときの注意力向上、海は綺麗ということを私に教えてくれたのです。もちろん後者だけです。また山陽本線と呉線を間違えて乗ってみて、どんな気持ちになるのか試してみたいなと思いました。

長い文章に目を通していただきありがとうございました。今公演、大変面白くなっておりますので、どうぞご覧ください!
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2022年04月08日

朝霧駅

中村斗輝が語る「思い出の駅・路線」です。




私が運転免許を取ったのは、大学2回生を控えた春休みのことだった。
本当は夏休みの間に取ってしまうつもりだったのだけど、なんだかんだで先延ばしにしてしまい、結局教習所を出るころには期限ぎりぎりの状態になっていたというわけだ。
本試験のために、明石市にある免許センターに向かう。着いたのはお昼前だったが、そこから予約をし、試験を待ち、受験して結果を待ち、さらに長い列を作って写真の順番を待ち・・・とやっていたら、帰るころにはすっかり夕方になってしまっていた。
財布には作ったばかりの免許証。ぼさぼさの髪によれた上着の私がぼんやりした表情で写っている。当日中に写真を撮ると最初からわかっていたらもう少しまともな格好をしていたかもしれない、と思う。
それから、鞄の中につぶれた菓子パンが二つ。すっかり昼食を食べ損ねてしまっていた。
ちょっと寄り道して帰ろう。私は明石駅でバスを降りると、改札口には向かわずにそのまま海岸線沿いの道を歩き出した。

まもなく、右手に砂浜が現れた。大蔵海岸だ。明石海峡大橋と、対岸の淡路島がよく見える。
夕暮れ時で、ちょうど雲の向こうに日が沈んでいくところだった。
見晴らしのいいベンチに腰掛ける。砂浜には人影一つなく、海岸全体が息をひそめるように静まり返っていた。
時折、寄せては返す波の音だけが響く。
私は鞄の菓子パンを取り出すと、袋を開けて噛りついた。口の中に広がる甘ったるいカスタードクリームの味に、ふと、昔のことを思い出した。

実はこの海岸には一度来たことがある。
高校3年生の春の遠足。私の学校では旅行委員という、生徒10人ほどで構成される委員会が、遠足を含めた旅行全般についての意思決定を担っていた。
修学旅行の行先も、自分たちで話し合って決める。こちらは例年通り北海道に決まった。遠足も同じ経緯で、毎年の定番であるこの海岸に落ち着いたというわけだ。
その日も、特に変わったことをしたわけではない。海水浴には早すぎたので、砂浜でスポーツ大会に興じたり、近所のショッピングセンターで仕入れた食材でバーベキューを楽しんだりした。
高校3年生といえば大半の生徒が受験生だ。考えてみるとその遠足が、学校の外で学校の友人たちと羽根を伸ばした最後の機会だったように思う。
もちろん体育祭や文化祭といった学内行事には精を出したけれど、遠足や修学旅行だけがもつあの非日常感にとって代わることはできないような気がする。
そんなことを思い浮かべながら、私は菓子パンをほおばった。
そういえば、高校生の頃は学校帰りに通学路のコンビニで毎日のように菓子パンを買っては、駅のベンチで食べていたのだっけ。
菓子パンはあの頃と同じ味がする。けれど、それを味わう私自身はもう、かつての私ではない。
たかだか一、二年前のことなのに、私はなんだか、ずいぶん遠くまで来てしまったような気がした。

小さいころ、私は「子供」と「大人」の間にははっきりした境界があって、人間はまるで蝶が羽化をするように、ある日突然「大人」になるものなのだと思っていた。
大人はいつも忙しそうだった。社員証だの、保険証だの、クレジットカードだのと、何枚ものカードを持ち歩いては、難しい手続きをしてお金を払い、あるいは複雑な仕事をしてお給料をもらっていた。
幼虫の自分には全く理解できない世界で、大人たちは何かのために頑張っていた。その何かもまた、羽化をすれば分かるようになるんだろうと私は想像していた。
そして今日、私は免許証を受け取った。これも立派なカードだ。これで難しい手続きができる。あるいは、車を運転して仕事場に行き、お給料をもらうこともできる。

では、何のために?
結局、それはわからないままだった。
何もわからないまま、私は面白みの欠片もない問題集の内容を頭に叩き込み、マークシートを塗りつぶし、長い列に並んで写真を撮って、免許証を受け取った。

これが、「大人になる」ってことなのかな。
私はなんとなく、そう思った。
知らない間に羽化をして、子供と大人の間にかかる橋を渡りきってしまった。
視線を上げると、対岸の淡路島はいつの間にか、闇の向こうに姿を消している。
二つめの菓子パンを食べ終えるころには、辺りはすっかり暗くなっていた。

大蔵海岸の最寄りは、明石駅ではなく、その隣の朝霧駅という小さな駅だ。
島式ホームを歩道橋でそのまま一段高い地上改札につないだ無駄のないデザインが、私はけっこう好きだったりする。
疲れた足で階段を下り、猛スピードで通過していく特急車両を横目に見ながら、ホームのベンチで各停を待った。
思えば、「朝霧」というのもなんだか神秘的で、素敵な名前だ。
いつか、朝日が昇る前にここに来てみよう。
夜に浮かび上がったような駅のホームで、私は、そう心に決めた。

* * *

あれから、かれこれ三年が過ぎようとしている。
結局、朝の朝霧駅には行けずじまいになっていた。
けれど、あの日見た明石海峡大橋の姿は今でもはっきりと心に残っている。
その面影がある限り、私は何度でもあの場所に帰ることができるだろう。
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2022年04月07日

ハウステンボス駅

こんにちは、新4回生の藤原です!
新歓公演『電鉄』にちなんで、私の思い出の駅であるハウステンボス駅について書きたいと思います。
長崎県のテーマパーク「ハウステンボス」の最寄駅で、レトロで小さなかわいらしい駅です。中学生の時に長崎に住んでいて、何度か電車でハウステンボスに行っていました。当時の私は滅多に電車に乗ることがなかったので、電車でハウステンボスに行くこと自体が非日常でドキドキしていました✨駅を出て橋を渡ると、目の前にハウステンボスのホテルが見えてテンションが上がったのを覚えています。
今では電車に乗るのもすっかり日常になってしまいましたが、たまにはあの頃のようにドキドキしながら乗りたいなあと思っています。素敵なところなので、皆さんも機会があれば是非行ってみてください!
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2022年04月06日

山陰本線

こんにちは、最近2度目の就職活動が始まった橋本舜祐です。
近況の身の上話はあまりせず、本題に入りましょうか。「思い出に残っている路線」ということで、まあ幼少期からお世話になってる阪急宝塚線は多分他の誰かが書くのかなと思うので、あえてスルーします。
印象に残った路線、駅は沢山あります。2劇1の鉄オタ(自称)なので乗った路線量は一番多いんじゃないかなと勝手に思ってます。その中でも昨年行った和歌山の紀勢本線、ギリギリコロナ前に行った篠ノ井線の姨捨駅、現在は第三セクター化された北陸本線金沢直江津間をJR最終日に豪雪の中カメラ片手に18切符で駆け抜けたのも良い思い出です。

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しかし、一番思い出に残ってる路線はやっぱり山陰本線でしょうか。
幼少期の週末、毎週特急北近畿(現こうのとり)に揺られて二時間半、母の友達がいる兵庫県豊岡市に通っていた時代がありました。毎週特急に乗れるというと今考えると恵まれた幼少期だったなと思います。
豊岡でした経験は数知れず、地元のお祭りに参加したり、雪遊びをしたり、ラジオ体操に通ったりetc…
そして頭の中で車窓を暗記するくらい乗ったあの列車は、幼少期の私にとっては、大都会の喧騒と田舎の静寂を結ぶ魔法の列車だったんだろうなと思います。
一昨年、数年ぶりに旅行でその区間に乗りました。思い出の中の風景は、コンビニが乱立していたくらいにしか変化はありませんでした。しかし、それでいて記憶の中より建物が色あせていて、20年という時の流れを痛感したのでした。

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最近卒論やらエントリーシートやらで論理的な文章ばかり書いていたので、たまには思うがままに散文的な書き方するのも楽しいですね。
それではまた
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2022年04月05日

黄色い切符 黄色い電車で

 緋眼華と申します。かっこいい偽名(?)が欲しかったので作ってみました。パソコンが故障して5000字ほど書いていた脚本がまっさらになったのが最近のハイライトです。
 引っ越しが多く旅行もする私にとって「思い出」と呼べる駅や路線はいくつもありますが、その中でも大きな存在となっているのは、やはり地元、JR山陽本線の長府駅~下関駅間。山陽本線は本州瀬戸内沿岸を走る534.4 kmにわたる路線で、神戸から福岡の門司まで続いています。私鉄の「山陽電気鉄道」とは関係ないので注意です。以下、趣味の話なので少々長くなりますがお付き合いください。

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 1月に成人式のため帰省をし、久しぶりにこの区間を利用しました。実家の最寄は長府駅。近くに商業施設があるわけでもない、中心街・観光地である城下町まではバスで15分かかるという超悪立地。券売機で切符を買って、駅員さんに見せてホームに向かい、国鉄(いわゆるJRの前身)型の黄色い車両(末期色、なんて呼ばれています)に乗る……高校在学中は通学定期を使っていたし、大阪に来てからはICOCAですいすい乗車していたので懐かしいような面倒くさいような。席は空いていましたが、高校時代のように、窓側に立ち景色を眺めることにしました。山や田んぼばかりですが、こういうのを「エモい」というのだろうな、と斜に構えたノスタルジーを感じながら、新下関、幡生……それぞれ思い出がある駅です。
新下関は新幹線が停まる駅で、修学旅行はここからスタート。今でも接近予告チャイムを聞くとわくわくします。ホームと改札間の距離が長すぎるのが特徴。幡生は高校の最寄(徒歩20分!)。山陰本線が乗り入れていて多くの高校生が使いますがコンビニすらありません。よく自販機で飲み物を買って友達と駄弁りながら電車待ちをしていました。また車両基地や貨物の操車場があり一種の鉄道の要所ともいえるでしょう。「幡生入場」で検索すると関西を走っていた車両の写真がヒットするかも?
そして終点下関。毎日使うような駅ではありませんでしたが、週末遊んだり、演劇の大会があったりしたときによく利用した駅です。駅に着くと、向かい側に停まっている白い電車に乗り換えれば福岡に行けてしまう。端っこのホームには日本海側に向かう赤い電s…汽車や、いつかは乗ってみたい「瑞風」なんかも停まっていたりします。いろいろな顔の車両が停まっていて多方面に行ける駅でオタクはわくわくしちゃうんです。
山口県西部は下関駅以外自動改札がないのでこの区間は切符でしか利用できません。(下関駅にあるのは、九州方面に行くためのものです。)超ド田舎のローカル線でもないのに。しかしこれから対応区間を増やすらしく、車両も東側から順に新型に置き換わっていっているので、切符を買って古い車両に乗って、なんていうことはいつかできなくなってしまうかもしれません。便利になるのはいいことですが、変わってしまうのはなんだか寂しいですね。次いつ帰れるかわかりませんが、また使いたいなと思います。
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2022年04月04日

馬車道駅

出身が神奈川県である私は、中高の6年間横浜の某女子校に通っていました。そんな私の思い出の駅は、みなとみらい線の馬車道駅です。
電車通学に慣れてきた中1の5月ごろ、少しギリギリの時間のみなとみらい線に乗って、終点の元町中華街駅で降りるつもりでいた私は、その日音楽を聴きながら空いた席で寝ていました。電車がガタン、と止まるのを感じ、それと同時に、それまでかなり深く眠っていたこと、学校へ急ぐ必要があることを思い出した私は、慌てて電車を飛び降りました。しかし、改札へのエスカレーターに向かう途中普段とは違う違和感があることに気づきました。よく見れば駅の壁の色も、エスカレーターの位置もいつもと違います。私は早とちりして、終点より手前の馬車道駅で降りてしまったのです。しかし、ここまではよくある話で、似たような理由で遅刻したという人もいると思います。ところが、この日大変なのはここからでした。電車を降りて数秒してから、駅を間違えたことに気づいたため、戻ろうする頃にはドアは閉まり始めていました。このまま逃すと遅刻してしまうと思った私は、一か八かで走り、足が乗り、体が入り、リュックもなんとかドアをすり抜けました。しかし次の瞬間。右手に激痛が走り、あっと声が出ました。信じられないことに、右手だけ間に合わず、ちょうど手の甲でドアに挟まったのです。そんなアホみたいな話ある?と思いますよね、私もそう思います。でも本当なんです。
しかも不運なことに、リュックなどもっと大きなものであればドアが再び開いたものを、挟まったのが手の甲なので薄すぎてセンサーに感知されず、ドアは開きませんでした。
恐ろしい痛みでした。引っ張っても抜けないし、血が止まっているのが感覚でわかるほどです。電車のドアの縁を思い浮かべてみてください。黒いゴムみたいなものでカバーされてて柔らかそうにも見えますが、あれは中身のギリギリまでは金属の板があるんです。みなさんも挟まれてみればわかります。
パニックになった私は、電車の中で目いっぱい叫んで助けを求めました。「すみませーん!!挟まりました!!!!」こんな恥ずかしいことあるでしょうか?今思い出すだけで書きながら死にたくなっています。でもそんな恥ずかしさなどどうでも良いほどに挟まれた手は激痛でした。
1分ほどして、なんと駅の構内放送でメッセージが返ってきました。「「お客様、間もなくドアを開けますのでお待ちください。」」これまた恥ずかしい状況です。電車の外から見れば、ドアから私の指だけが飛び出ているわけで、よく気づいてもらえたなあと思います。やっぱり叫んだのが良かったのかも知れません。
その後ドアは開き、無事手は解放され、血の止まっていた手は紫色になるという無駄な知見だけを得て私は学校へと急ぎました。普通に遅刻しました。
駆け込み乗車はやめましょう。
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2022年04月03日

万博記念公園駅

みなさまこんにちは。㐧2劇場所属、外国語学部四年日本語専攻の東出です。花冷えの日が続く今日この頃、みなさまはどのようにお過ごしでしょうか。

実は以前にもニゲキブログの一記事を書かせていただいたのですが、それが三年前、私が一年生のとき……時間の流れを感じてしまいますね。

さて今回は思い出の駅・路線ということで、私が紹介するのは大阪モノレール沿線万博記念公園駅です!

この駅は、大型複合施設EXPOCITYの最寄り駅としていつも人があふれかえるにぎやかな駅です。
エキスポには本屋もある!服屋もある!映画館もある!水族館(ニフレル)もある!なんかいろいろある!
買い物もできる、休日を有意義に過ごすこともできる、便利な場所です。
券売機よこにあるたこ焼き屋さんもおいしかった記憶があります。おすすめです。

駅自体も大阪モノレール本線と彩都線との合流地点であったり、利用者が多かったりするためか、かなり広めで、かなり綺麗です。改札の前には多くの椅子やテーブル、なんならコンセントもあり、時間をつぶすにはもってこいですね!

まだ箕面キャンパスが大阪モノレール最果ての駅・彩都西駅から徒歩十分という位置にあったころ。旧箕面キャンパス付近に住んでいた私としては、授業やサークル活動で豊中キャンパスに行った帰り道に寄れる、というお手軽さがありました。
あそこのTSUTAYAでどれだけの本を買ったことか……。広い本屋なので品揃えはそれなりに良かったんですよ。一年生のときは通学定期を利用してなんども足を運んでいましたね。

まぁ大阪モノレールはちょっと運賃が高いんですけどね(;'∀')

箕面キャンパスがお引越しをし、最寄り駅が千里中央になった今では、外国語学部生であってもすこし足を伸ばさねばならない場所となってしまいましたが、みなさまも一度行ってみてはいかがでしょう。
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2022年04月01日

衣装の小菅です!

こんにちは。ようやく暖かくなってきて、もう春ですね🌸
ここ数日で桜がきれいに咲き始めましたねー!!

ブログのテーマが新歓公演『電鉄』にちなんで「思い出の駅」とのことだったので、私の思い出の駅について書きたいと思います!イギリス・ロンドンのハマースミス(Hammersmith)駅です。11歳のときに旅行で行ったときに泊まったホテルの最寄り駅でした。

ロンドンの地下鉄の駅はどこもそうでしたが、地下からの長いエスカレーターの横の壁にずらーっとミュージカルのポスターが並んでおり、「レ・ミゼラブル」などのミュージカルにはまっていた私は大興奮でした。駅においてあるミュージカルの宣伝チラシを大量に持ち帰り、今も大切に持っています!

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そして駅構内にはwasabiというお寿司屋さんがあり、日本食が恋しいと入ってみたところネタが全てマグロorサーモン。「な、なぜ…?」と困惑しながらもやっぱりお寿司はおいしかったです笑

滞在中は「レ・ミゼラブル」、「ウィキッド」、「マチルダ」の3つのミュージカルを観て、どれも感動しました(T T)今はロンドンのミュージカルならず演劇やオペラも気になっているので、いつかまた行って沢山観たいと思っています✨
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2021年08月22日

透猫公演『COVID-25』

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㐧2劇場
透猫公演
『COVID-25』
作:四夜原茂
演出:中村斗輝

※この公演は無観客無配信の公演です。

【日時】
2021年8月22日(日)15:00

【会場】
in→dependent theatre 1st
大阪府大阪市浪速区日本橋3丁目3-19

【料金】
一般前売:2500円、学生前売:1800円
※当日券は+500円
※小学生以下は無料


【出演】
上野佳秋
梅下華琳
楠瀬百合
サンゴロウ
龍山昊平
福本有紗
森村太河

【スタッフ】
舞台監督:林直樹
舞台美術:新居直人、梅下華琳、楠瀬百合
照明:辻󠄀麻理奈、上野佳秋
音響:東出彩音、後藤みゆ、野津雅由良
小道具:阿部茂
衣装:野津雅由良
宣伝美術:森村太河、大川諒平、楠瀬百合、福本有紗
宣伝写真:伊藤晃
制作:橋本舜祐、千田拓実、宮前旅宇、原田慧

【あらすじ】
人里離れた場所に作られたコールセンターでは、今日もアルバイト達が詐欺まがいの業務に励んでいた。
そこにつくるはやって来た。やつはマスクをしないし、消毒も無視だ。オリンピックは1964だと言うし、なぜかカレーを作りたがる。
つくるはちょっと変わったやつだとみんなは思ったが、違った。過去と未来のはざまで取り残された'ぬいぐるみ'それがやつだった。
posted by 㐧2劇場 at 23:59| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする